ワードワーク WORD WORK

cross talk

松徳工業所代表取締役社長横尾臣則×深田が考える
加工業のブランディング

cross talk 経営者と語るブランド戦略
やすい、はやい、臨機応変、
そう思われてるだけかと(笑)

深田:横尾社長が社長に就任されたのが2019年、その2年ほど前に出会いがあったわけですが、当初はホームページが古くなったので作り直したい、といったご要望でした。そこで経営課題とか、これから企業として目指すことなどをヒアリングしたと覚えています。

横尾:当時は製品や仕事に付加価値がなかなか付けられてなくて。「金属の熱処理加工屋」として真面目に一生懸命仕事はやってるんだけど、お客さんになかなか認めてもらえない。価格面ももちろん、臨機応変にいろいろ対応しても、それが当たり前。設備を増やしても当たり前。こちらからお客さんに要望すると、「他所もある」とかね。仕事やってても、なんかオモシロないなって。

深田:そんな話を聞いたこと思い出しました。

横尾:あの当時、うちの強みって何かと考えた時にね、「安い、早い、臨機応変にやる」、そう思われてるだけかと(笑)。そこは何とかしたいなって思いがありましたね。

深田:ホームページで会社の見映えを変えることは難しいことじゃないんですが、「安い、早い、臨機応変」といった顧客の認識を変えていくのは話が別です。悪い認識ではないですが、それを目的としていないなら、確かにやっている側は面白くないでしょうね。

横尾:熱処理というのはすごく簡単にいうと、ネジやボルトなどの製品に焼入(加熱)をすることで、素材の強度や硬度を変える加工です。その技術自体は長い歴史があるし、設備も多岐にわたっています。ただ、あくまでお客さんから預かった製品をうちで焼いて(処理して)、そして次のめっき工程や塗装工程を行う事業者に渡して終わる、その繰り返しです。もちろん次の工程を考えて汚れや油をきれいに落とすとか、そういうことはやっていましたが、それも当たり前という評価です。また他社では出来ないような難しい熱処理を実現しても、感心はされるけど、それほどの付加価値にはならない。あくまでお客さんの製品を製造する一工程という認識です。

深田:そこで御社の熱処理技術の中でも、他社ではやっていない、あるいは出来ない技術をもっと積極的に紹介しようという話が出てきた。ただ単に技術や設備を紹介するツールではなくて、その技術にどんな価値や可能性があるのかを分かりやすく伝えようと。その名も『価値価値本』っていうのを作らせてもらいました。これ実は僕自身も非常に思い入れがあるツールで、コロナ禍で緊急事態宣言が出た2020年の5月、6月頃に社長から相談があって、ひっそりと打ち合わせをやったんですよね。人目を避けるように(笑)。

横尾:僕も覚えてますわ。みんな緊急事態宣言でね、じっとしとかなあかん。仕事も暇で、炉も止まってましたわ。他所の会社さん、休んではったところが結構あったんですけど、うちはもう、今しかできへんことやろうって。実験のために止まってる炉を動かして、こういう冊子(価値価値本)にしてもらってね、いろいろ取り組んだっていうのは覚えてますわ。(価値価値本はこちら

深田:その冊子の中で『松徳工業所では、めっきがきれいにつく焼入ができる』と紹介していますが、それが後の自社めっき設備の導入につながってます。経営者が、いわゆる危機的な状況のときに、何を考え何をするかというのは、非常に重要だというのが、こうしてお話をしていると改めて感じます。

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8年越しの思いが結実。
 

横尾:自社めっき設備の導入は、それこそコロナ禍前の2015年ぐらいから大阪大学と研究開発をいろいろしていたときに、やっぱり自社の技術力であったり、仕事や製品の価値をより高めていくためには熱処理の前後の工程まで踏み込んでやっていく必要があるんじゃないか、と考えるようになったことがきっかけです。

深田:2015年。社長就任が2019年ですから、就任の4年も前からそんな取り組みをされていたんですね。

横尾:思いつきでやってるんじゃなくて、前々からやっぱり、こうありたいなっていうのを思い続けてたんで。

深田:その思いが結実して、現在では熱処理に加えてめっき処理も自社で行われています。これは全国的にも珍しいことで、およそ8年越しにその思いが結実したってことになりますね。

横尾:まあこれからですけど。まだまだやれるようになっただけで(笑)。ほんまに今、うちがこうやっていろいろさせてもらってるのはワードワークさんの力添えが大きい。

深田:僕らはあくまでも裏方です。確かに見映えは作ることはできるし、表現もできます。でもやっぱり事業はトップの戦略および従業員さんの力ですよね。皆さんが前に進められて、僕らはそれを、見せ方や伝え方としていろいろ工夫しているだけであって。

横尾:そこがね、僕らだけではなかなかできない。ほんまに、泥臭くはやれるんですけど。周りから見ていただいて、「すごいね」って、「こういうのもあるんやね」って、びっくりしてましたよ。やっぱり僕らにはできへんことをやっていただいてるんで。

深田:ありがとうございます。ホームページや『価値価値本』のようなツールをきっかけに、僕らとしては成果を上げていただけたら一番嬉しい。作ること自体が目的ではないので、やっぱり結果にこだわりたい。

横尾:結果という話なら、展示会とかに出ると分かりやすい。反響がダイレクトやから。僕らだけで展示会出したら、パッとしないブースなってたと思いますわ。御社に人目に付くパネルとかテーブルクロスとかいろんなデザインもしてもらって、展示会も出せるようになったし、それで仕事にもなってる。

深田:加工業といっても、御社の場合は非常にイメージをしにくいというか、分かる人だけで回ってる世界なので、「金属熱処理加工」って言ったときに、一般の人たちにどう伝えていくのか。特に、リクルート。そこはこれからの大きな課題やと思ってます。

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「技術の継承」と「企業哲学の継承」がこれからの課題。

横尾:加工業の中でも熱処理はほんまBtoBで成り立ってる業種で、一般の人にはほとんど知られてない。うちで処理してる製品っていうのは、車に使われてる部品とかで、熱処理はその部品の強度を決める非常に重要な工程なんです。そういう重要な部品、重要な工程をやってる会社ですと。それも機械のボタンさえ押せばできる仕事じゃなくて、いろんな目に見えないノウハウっていうのが詰まってる業種です。製品の強度は外から見ても分かれへんけど、ちゃんとやるべきことをきっちりやれば、きっちりしたものができる。専門の理論もあって、それを理解してやれば、理論通りのものができる。

深田:そのへんを全く白紙の人たちや、何かしら技術を身につけたい人にどう刺さるかというところは、僕らが頑張らなあかんところです。これからめっき処理もされるので、これまでとは周りに対する訴求もまた変わってくるはずです。

横尾:めっき処理で変わることと言えば、例えば耐蝕性ね。錆びにくさ。これもやっぱり熱処理とめっきと、両方のことをよく考えてやれば、耐蝕性に優れたのができるんですよ。両方知ってるからこそ生み出せるものが絶対にあると思う。

深田:楽しみですね。車や重機などに使われる部品の一部なら、それは命を預かる部品じゃないですか。その性能が向上するのはすごく意義のあることです。強度や性能は外からは見えませんけど、手掛けられた部品の強度や硬度の検査も化学顕微鏡や高度な試験機でされてますよね。そういう責任感や使命感も全部込みで御社なので、それを周りに伝えてあげると、ただ単に「機械でネジを焼いてます」「加工やってます」って話じゃないと思うんですよね。

横尾:そうです。部品の強度や性能は見えないからこそ、それを手掛ける社員には“正直であれ”と言い続けています。それがこの仕事の生命線です。

深田:熱処理加工に、めっき加工も加わったことで、企業としては希少性や独自性が高まったし、製品としては性能や価値が高まった。企業ブランディングにおいては大きな転換点を迎えてます。

横尾:まぁ、これからですわ(笑)。

深田:これまでは熱処理加工業という立場からBtoBのブランディングに力を入れて来られましたが、人材の獲得戦が始まっている今日では、求職者という“個人”に向けたブランディングは不可欠になってまいす。横尾社長は僕に、社員さんには「仕事の面白さを知って欲しい」、「仕事を長く続けて欲しい」と話されてましたが、その思いを100人を超える社員さん一人ひとりにどう浸透させていくか、技術の継承や企業哲学の継承も含めてこれからの課題です。

横尾:それが一番難しい。

深田:理念や信条の浸透は、確かに難しい課題です。僕自身コピーライター、ディレクターという立場でこの仕事を30年やってきて、最近ではブランディングはそれが全てではないかとさえ思ってます。思いは黙っていて伝わることはないし、察してくれと言っても無理。もうコミュニケーション、情報の発信しかないです。御社はシンボルマークからホームページ、本社社屋もリノベーションされましたが、これから社内報、職場環境、およそ目につく物全てを横断する「理念の見える化」にさらに取り組んでいきたいと考えてます。そしてそこを突き詰めると、経営者のあり方に深く関わってくるんですよね。

横尾:頑張りますわぁ(笑)。

株式会社 松徳工業所

1973年創業。半世紀にわたりネジやボルトといった金属部品の熱処理加工を行う。一般的に聞き慣れない熱処理加工という業種だが、その歴史は古く、例えば日本刀の刃や包丁の刃なども熱処理技術が応用されている。松徳工業所では従来の熱処理加工設備に加え、近年では、省エネや環境にも配慮した真空熱処理技術や省エネ工場の新設など、SDGsへの取組みも積極的に推進。2023年には熱処理加工企業としては全国的にも珍しい『めっき処理設備』も新たに導入し、他技術とのシナジー効果も図っている。現社長の口グセは「ほんま皆さんのおかげですわぁ」。